現実世界とは隔離された黄昏の空間。
そこに、ブリタニア皇帝は佇んでいた。
「これで宜しいですか、兄さん」
「うん、ありがとうシャルル」
いつの間にそこにいたのか、金色の長い髪を揺らしながら少年が近付いてきた。皇帝は視線だけ兄と呼んだ子供に向ける。幼い頃不老不死となったの兄の口元が、満足げに弧を描いていた。
「ですが、兄さん。ルルーシュと枢木だけでは流石に無理があるのではないでしょうか」
「そんな事はないよ。仮にもラウンズなんだから、この程度の事こなしてもらわないと困る。それに、この程度の事も出来ないようなら、君の騎士として力不足だったって事じゃないかな」
「今回の作戦、そこまでして二人だけにとこだわる理由はなんでしょう」
「わかってないね、シャルル。ルルーシュはゼロだった。君に敵対し、君を殺そうとしていたんだ。悪魔のような戦略でね。その悪魔の知恵がどれほどのものか、僕たちにとってどれぐらい利用価値があるのかちゃんと確かめたいだろう?それに、ブリタニアに、シャルルにちゃんと従うのかどうかも確かめなきゃ」
確認は大事だよと、さも当たり前のように返してきたが、どれもこれもシャルルの質問に対する答えにはなっていなかった。シャルルが尋ねたのは、ラウンズといえど、一人は体に障害を抱え戦力にならないルルーシュ。付き従うのはまだ若い騎士二人。たった四人。それだけの戦力で戦える相手ではないのにもかかわらず、その人数をごり押しした。少なすぎる人数になぜ固執するのか。出てくる答えは一つしかない。だが、それを口にはしない。あくまでも試験だと笑う。
「ルルーシュの事は僕に任せて、君は自分の仕事に専念するといいよ」
用件は済んだと立ち去ろうとする小さな背中に向かい、声をかけた。
「兄さん、ルルーシュの腕と目を奪ったのは兄さんですか?」
足を止め、表情を変えないまま振り返った兄は、やはり笑っていた。
感情は見えない。口元だけがただ弧を描いている。
「僕が?まさか。あれはテロリストだろう?そうじゃなければ枢木スザクがやったんだろう?作戦でもないのに、君の子供に僕が危害を加えるわけ無いよ」
「そうですか、わかりました」
その返事に満足したのか、少年はこの場から立ち去った。
「兄さんは、また嘘をついた」
誰もいなくなった黄昏の間にただ一人残った皇帝は、悲しげな表情でつぶやいた。
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「大変です、エナジーが!」
セシルが慌てた声で叫んだのが事の始まりだった。
突然出されたナイトオブゼロ及びナイトオブセブンの出撃命令。従軍するのはキャメロットのロイドとセシルと数名の技術者、そしてスザクの部下にとつけられたコノエナイツの二人だけ。それで極寒の地の雪原向こうにいる敵を殲滅して来いという、それだけでもかなり酷い内容の命令だった。指定された区画は敵の戦力が集中しており、ブリタニア軍が攻めきれずにいる要塞。そこにたったこれだけの人員と、ラウンズ一人、騎士が二人。動かせるKMFはたった3騎。ナイトオブゼロは軍師で戦闘できず、残りの人員も技術者だから、軍人としての訓練は受けていたとしても戦力として数えられるものではなかった。
だが、それでも行けと命じられれば行くのが皇帝の騎士ナイトオブラウンズ。ほかのラウンズからもこれは酷いのでは?という意見も出ていたし、ビスマルクもこれは流石にと思ったようだが、皇帝の命令なのだから口を出すわけにはいかない。
しかも空路ではなく陸路でと言う注文に、これは裏があると思わない方が無理だろう。一体どんな思惑があるかは解らないが、従うしかない。勝算が限りなく低くかろうと、皇帝からの勅命なのだから。シュナイゼルも訝しげに眉を寄せてはいたが、行くしかないねと出来る限りの譲歩を引き出した上で送り出した。
それだけでも気が重いというのに、事態はさらに悪化した。
セシルの言葉に、追従していたトレーラー2台も慌てて機内点検をした所、昨日交換したばかりのエナジーが底を尽きかけている上に、予備のエナジーが空になっていた。
トレーラー3台分すべて。
今の今までエナジーの量は問題なかったはずなのにとロイドが急ぎプログラムを走らせると、今まで改ざんされたデータを見せられていたことがわかった。
ざわめきだし、時には怒声が飛び交い始めた時、スザクは皆に冷静になる様にと言おうとしたが、それより先に口を開いたものがいた。
「なるほどな。まあ、この程度の妨害は想定の範囲内だ。ならば進軍予定を変える他ないな。・・・目的地を変更する」
何ごとも無かったかのように平然と、ルルーシュ、いやジュリアスは言った。その表情も声音も冷静そのもの。本当に些細な問題だと言いたげだった。
大きくはないその声で、あたりは一斉に静まり返り、瞬く間に混乱から回復したように見えた。
「ル、・・・ジュリアス」
「現状の把握と細部まで再点検を行う必要がある。そのためには安全な場所への移動が最優先事項だろう。こんな道のど真ん中で立ち往生する気か枢木」
安全とはいえない場所、KMFのエナジーもどうなっているかわからない以上戦闘になる状況は避ける必要がある。このエナジー不足は事故ではなく意図的に行われている以上、攻撃部隊がこの先に潜んでいる可能性は高い。
「解った。セシルさん、移動を」
「ええ、座標確認しました。移動を開始します」
「移動中、手の空いている者は、目視で確認できる物資を今のうちに調べておけ。武器弾薬・パーツ・食料を始めとする物資のすべてだ。おそらく、こちらが事前に用意した量よりも遥かにく少なくなっているだろうな」
通信機越しに息をのむ声と、運転手以外が動きまわる音が聞こえた。